日本人の賃金が上がらない理由とは?少子高齢化・非正規雇用の増加・低い最低賃金・男女の賃金格差
日本人の賃金はOECD平均以下の低水準
OECDの調査(2021年)によると日本人の平均賃金は韓国、イタリア、スロベニア、リトアニアよりも低く、24位と低水準にあります。
また、歴史的な推移で見ても各国が平均賃金が伸びているのに対し、日本は唯一平均賃金がほとんど伸びていない国だといえます。
どうして日本人の平均賃金は伸びないのでしょうか。その理由について考えてみます。
日本人の賃金が上がらない理由は
日本人の賃金が上がらない理由として、以下のようなものが考えられます。
日本経済の長期低迷
日本の経済成長が鈍化していることが一因です。長期にわたり、日本の経済成長率は低迷しており、マクロ的に見て賃金を上げる余力が乏しくなっています。
日本の経済状況を示す名目GDPは1990年代からほぼ横ばいであり、他国との格差はひらく(もしくは縮む)一方です。
事前規制ばかりでイノベーションに向けた取り組みが弱い
日本経済が低迷から脱却し、名目GDPを着実に高めていくためには、規制緩和などを通じたイノベーション(技術革新)が必要不可欠です。
第二次安倍政権の財政・金融・規制緩和の三本の矢は結局、財政拡大と金融緩和ばかりが実施され規制緩和については不十分に終わりました。
日本は中国を含め各国が認めているUberなどのライドシェアサービスを認めていない少数派の国です。
タクシーなどの既得権益を守るためにイノベーションの芽を摘むような規制は、ライドシェア以外にも農業、漁業、電力、労働市場など各所に散見されます。
問題が起きる前の事前規制から、問題が起きてから解決していく事後規制への転換が分野によっては必要だといえます。
低い開廃業率
また、日本は新規にビジネスをはじめる開業率もビジネスから撤退する廃業率もどちらも低いといわれています。
日本は100年以上続く企業が世界で最も多く、伝統を大切にする国というかけがえのない魅力があります。
ですが、その美点は新しいビジネスが生まれる土壌に欠けるともいうことができます。
スタートアップ企業が新たなイノベーションの担い手となれるように開業支援を充実させていくことが必要です。
労働分配率の低迷
日本経済全体の付加価値(GDP)から労働者に分配される割合を示す労働分配率は低い水準にとどまっています。
企業業績は悪くない
ですが、企業業績自体は悪くはありません。
2021年度で見た場合、日本の大企業全体では過去最高益を更新しており、大企業の業績はコロナ禍からの回復が進んでいることがわかります。
企業の利益が労働者にきちんと分配されれば賃金は上昇するはずですが、それが進んでおらず、労働分配率は低い水準にとどまっています。
実際、2000年度から2019年度にかけて、資本金10億円以上の労働分配率は 60.9%から54.9%に6.0%減少しています。(内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局)
設備投資減税やDXの推進などで付加価値を高めても、それだけでは資本分配率や全要素生産性の伸びにつながるだけであり、労働分配率の上昇にはなりません。
低い最低賃金
また、労働分配率が低迷している理由の1つに、最低賃金があります。
2022年の日本の最低賃金はメキシコよりも低い水準です。
最低賃金が低ければ、それだけ経済全体の労働者への分配も減り、労働分配率は低下することになります。
この低すぎる最低賃金が生産性の低い企業を生き残らせ、経済の新陳代謝を妨げている可能性があります。
労働分配率を高めるための対策
以上から、労働分配率を高めるための対策としては、賃上げ税制など人件費の上昇に対する直接的な支援措置や最低賃金の継続的な上昇が求められます。
政府・日銀が2%程度のインフレを目指すのであれば、最低賃金で生活している人たちが2%のインフレに対処できるよう毎年2%以上の最低賃金の引き上げがなされるべきです。
この点からも、最低賃金の継続的な上昇は必要だといえます。
なお、最低賃金を上げると、企業は労働者を雇うことを控えるようになり、代わりにロボットやAIなどの導入を進める結果、資本分配率や全要素生産性を高め、労働分配率をかえって低下させるとも考えられます。
ですが、この場合も日本経済全体の生産性は高まると考えられるため、付加価値(GDP)もトータルでは増加し結果的に労働者への分配は増えることが期待できます。
価格転嫁に及び腰の企業
アフターコロナの2022年、世界的なインフレが進行しました。
日本でも消費者物価、企業物価ともに上昇しましたが、消費者物価は企業物価ほどには上昇しませんでした。
これは小売企業が販売価格を上げることをためらい、インフレを価格に転嫁しきれていないことを示しています。
よく日本企業は生産性が低いといわれますが、生産性とは労働者1人あたりの付加価値、つまり労働者1人あたりのGDPと同義です。
GDPは消費者へ販売される財・サービスの総額に等しいため販売価格が上がらなければ付加価値は増えないことになります。
コスト削減などの企業努力も必要ですが、価値ある商品は高い価格をきちんとつけるという正しい価格政策が企業には求められます。
そして、財・サービスを購入する消費者も価値ある商品を買い叩くことなく、正規の値段で購入する姿勢が求められます。
企業が高い価格をつけることに及び腰なのは、私たち消費者の消費行動の結果であり、その責任は国民全体にあるといえます。
非正規雇用の増加
2000年代の小泉内閣以降、非正規雇用(派遣社員、アルバイト、パートタイムなど)が増加しています。
非正規雇用は正社員よりも賃金が低く、労働条件が悪いため、日本人の平均賃金が低下する原因となります。
考えられる対策としては同一労働同一賃金を推し進め、正規職員と非正規職員の違いを問わず、労働に対する客観的な評価を行うべきだといえます。
もっとも非正規の増加による賃金の伸び悩みは、男女の役割分担によるものとも考えられます。
男性は正社員長時間労働、女性は非正規によるパートタイム労働という役割分担を自ら選択している可能性もあります。
厚生労働省の調査によれば2007年の時点で非正規雇用を選んでいる理由を「自分の都合の良い時間に働けるから」としている人が最も多くなっています。
人々が短時間労働を自主的に選んでいる限り、賃金水準が低くなるのは当然といえます。
そのため、男女の役割分担という社会・文化的な状況を再検討し、税制や福祉、結婚制度を含めた世の中の仕組み全体を見直さない限りは、短時間労働を自主的に選ぶ人を減らすことはできないといえます。
サービス残業の存在
日本の男性正社員の労働時間は世界一の長さです。
このように男性を中心に社員が長時間働いても賃金が残業代としてきちんと払われていればまだ良いのですが、サービス残業としてタダ働きになっている人も多くいます。
連合の調査では正規と非正規を合わせた労働者の4割がサービス残業をしていると答えています。
サービス残業が存在すると、当然賃金は低迷することになります。
サービス残業は当然ながら労働法的に見れば違法ですので、労働基準監督署による監督を徹底することで撲滅を目指すべきです。
サービス残業がなくなれば、企業はいままでよりも多くの賃金を既存の労働者に払うか、労働者の労働時間を減らし、新しく人を雇うことでそれを補う必要が生じます。
新たな労働需要は賃金の上昇につながります。
サービス残業は現状、違法なのですからまず取り組むべきはこのサービス残業の撲滅ではないでしょうか。
労働市場の流動性の欠如
伝統的な日本的経営では、終身雇用制と年功序列賃金がとられており、いまだに採用している企業は多いです。
そのため、労働者側も転職による賃金アップを想定していない人がほとんどです。
なお、日本は解雇規制が厳しいとよくいわれますが、実際に解雇規制を各国で比べてみると、日本は解雇規制がゆるいグループに入ります。
2019年のOECDの調査では、OECD加盟国(37か国)のなかで、日本の解雇規制は弱い方から12番目となっています。
ただし、これはあくまで法規制の話であり、終身雇用のメンバーシップ型雇用を前提とする日本とジョブ型雇用の他国では実質的な解雇のしやすさは異なります。
メンバーシップ型雇用ではある仕事がなくなったり、こなせなかったりしてもいきなり解雇にはなりませんが、ジョブ型雇用の場合は求められているジョブを果たせなければ解雇に合理性があるとされます。
近年は日本でもジョブ型雇用が増えており、その意味では法規制が変わらなくとも解雇しやすい環境に移行しつつあるといえます。
転職でも解雇でも人々が企業外部の労働市場に新しく参加することで、自らの市場価値を知ることが、スキルアップの必要性の自覚を高め、賃金アップにもつながります。
また、労働市場が流動化することは、成長産業に新しく労働力が移動することを意味しており、それがイノベーションの促進にもつながり、賃金の原資である付加価値をマクロレベルで高めることにつながります。
少子高齢化および労働力人口減少による影響
日本の人口は減少傾向にあり、労働力人口も減っています。
生産年齢人口(15~64歳)が従属人口(14歳以下と65歳以上の人口)を上回る状態を人口ボーナスといいます。
反対に、従属人口(14歳以下と65歳以上の人口)が生産年齢人口(15~64歳)を上回る状態が人口オーナスです。
人口オーナスに陥ると、食い扶持(くいぶち)である人口の減少により消費が減少するため、人口構成が経済にとって負担となることになります。
その結果、経済は停滞し、賃金の伸びの鈍化につながります。
少子化への対策
少子化は程度の差はあれ、すべての先進国が抱えている問題です。
アフリカやインドはいまだ少子化の問題に直面してはいませんが、100年単位の時間で見れば、いずれ世界すべての国で直面する問題だといえます。
そのため、移民による解決は結局のところその場しのぎにしかなりませんが、現代日本に対する処方箋としては高度移民の推進などは積極的に認めていくべきだといえます。
消費税増税の影響
消費税の増税により、消費が低下し、それが企業業績に悪影響を与えていることを日本の賃金が上がらない一因だという考えがあります。
消費税増税により家計の負担が増え、可処分所得が減少し消費は減少します。
そのため、企業の売上が減少し、賃金上昇が阻まれるともいえます。
ですが、上で述べたように企業業績は悪くありません。
そのため、消費税の増税が賃金に与えている影響は大きくはないと考えられます。
一方で、日本の財政状態は非常に悪く、特に国と地方の長期債務残高の対名目GDP比は200%を超えており、他国に比べて突出して悪い水準にあります。
そのような中で、財政再建に向けた消費税の増税は(国民に対しての効果は不明ですが)少なくとも投資家に対しては正の非ケインズ効果(従来のケインズ経済学では説明できない良い効果)をもたらし、日本への投資を活性化させることが期待できます。
まとめ
以上のような要因が複合的に影響し、日本人の賃金の上昇が鈍化しているということができます。
ある意味で現代日本の問題のすべてが集約して日本人の賃金水準にあらわれているとも考えられます。
日本の女性の賃金が上がらない理由は
また、日本は男女の賃金格差の大きな国だと言われています。
令和3年(2021年)の男性一般労働者の給与水準を100としたときの女性一般労働者の給与水準は75.2となっており、OECD平均を大きく下回っています。(内閣男女共同参画局)
ですが、これは上で述べたように、男性が長時間労働の正社員として働き、女性は短時間の非正規職として働くことを自発的に選んだ影響も大きいと考えられます。
このような選択をしているのは、「男は外で働き、女は家を守る」という伝統的な価値観がいまだに生きているからです。
令和3年度(2021年度)の調査でも「男性は仕事をして家計を支えるべきだ」の項目で、男性20代・30代の約41%が「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と回答しました。(内閣府男女共同参画局)
男性が長時間労働をしているといっても、上で述べたように、サービス残業の割合も多く、男性の賃金アップにもつながっていません。
企業はタダで手に入る労働力があるため、新たな労働者を雇うニーズに欠けます。
男女の役割分担意識から、女性が家事・育児を担うことが多いため、女性は男性のような長時間労働をすることができません。
企業としては長時間労働してくれたほうが(サービス残業の割合が高まり)労働者を雇うワリが良くなるため、長時間労働できない女性を雇うニーズが低くなります。
この状況を打開するには、上でも述べているようにまずはサービス残業の取り締まりを徹底すべきです。
企業が正規の残業代を払うようになれば、労働者を長時間働かせることは(上乗せの残業代分)ワリが悪くなりますから、1人の長時間労働者ではなく2人の適正時間の正規労働者を雇う誘因が高まります。
よく日本の男性の育児や家事の参加率が低いといわれますが、それは日本の男性正社員が世界一長く働いているからです。
男性の長時間労働が是正されれば、男性の育児や家事への参加も増え、その分、女性が働きに出ることができるようになります。
男性の長時間労働の是正こそが、女性の賃金を高めることにつながるのではないでしょうか。